壮年のための読書クラブ

読んだ本の感想を書きます

『べにはこべ』バロネス・オルツィ 村岡花子訳


追跡シーンはスネークのごとし
愛に向って猪突猛進、大人の女のラブストーリー『べにはこべ』


ネタバレあり



切欠:
桜庭さんの『青少年のための読書クラブ』で取り上げられていたので。


内容:
 18世紀末、フランス革命中のパリ。貴族が次々と断頭台に送られている中、陰から彼らを助け、亡命させている集団がいた。その勇気ある集団はかれらの使う花のマークから「べにはこべ」と呼ばれ、フランス市民からは憎悪を、英国人からは称賛を受けていた。
 物語は仏出身で英国貴族に嫁いだ才媛、マーガリート側の視点で進む。マーガリートはもともと共和主義者(君主制廃止論者、つまり革命側)だったが、フランス革命のあまりの過激さに嫌悪と恐怖を感じていた。あるとき革命側の外交官により愛する兄の弱みを握られ、べにはこべ首領捕縛への協力を迫られる。姿も知らぬ勇気あるべにはこべ首領と兄をてんびんにかけ、マーガリートは兄を取る。しかし、べにはこべ首領の正体は彼女にとってかけがえなく愛しい人であった。愛する人を売った罪悪感にさいなまれながら、マーガリートは彼を助けるために、決死の覚悟で行動を起こす。


感想:
 情熱的な愛を知った大人の女の話。ジャンルはラブストーリー。
 マーガリートは賢く美しい女性であるゆえに、愚鈍で間抜けな夫を見下していたが、内心では夫が仮面を被っていることに気が付いていた。本来の彼は男らしく勇気ある情熱的な人だと薄々わかっていながら素直になれず、そして夫も彼女のことを信じ切れず、すれ違う日々が続いていた。
 しかし夫が危機に陥ったことによりマーガリートが自分の中にある愛に気が付いてからは猪突猛進。いかにして彼を救うか、いかにして彼に愛を伝えるかと、文字通り猪のように猛烈なスピードで行動を起こしていく。スネークのような見事な隠密シーンは必見。
 夫との再会のチャンスにテンションをぶち上げたり、夫の危機に恐怖から気絶しそうになったり、まるでジェットコースターのような感情の乱高下に疲労感を覚えるが、恋に溺れた女の気持ちの忙しなさを追体験している感覚を得られる
 このマーガリート、もともと共和主義のフランス人ではあるけれど、祖国や祖国の平和や過去の仲間についての語りはほぼない。愛する夫と兄以外の他人は目に入ってないから、以前の仲間は今どうしているのか考えることもない。このあたり、強烈な"女"を感じる。


 訳者あとがきには、この作品の魅力は「清らかな愛情に満ちた叡智」とある。確かに、彼女の愛は清らかで下心のないものだった。ただしその清らかというのは清楚なもの、穏やかですっきりとしたもの、ということでは決してなく、
情熱的で強く、時に雄々しい、澱みなく真っすぐなものであるという意味合いであることに、読み終えた人は気付かされる。
 愛の元において「雄々しさ」と「女性らしさ」は同居する。私たちの愛も、そうに違いない(彼女ほどの行動力はないにしても)。




べにはこべ (河出文庫)
べにはこべ (河出文庫)
河出書房新社